大阪高等裁判所 平成9年(う)1133号 判決 1998年6月03日
主文
原判決を破棄する。
被告人両名をそれぞれ懲役一〇月に処する。
被告人両名に対し、この裁判確定の日から二年間それぞれその刑の執行を猶予する。
原審における訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人石松竹雄、同竹村寛及び同後藤貞人連名作成の控訴趣意書及び同正誤表にそれぞれ記載のとおりであるから、これらを引用する。
理由齟齬ないし理由不備の控訴趣意について
論旨は、要するに、<1>原判決が「罪となるべき事実」の項では、被告人らが実際の汚泥処理量である約四五立方メートルの処理券を提出したのでは、工事完成検査に合格せず、工事完成払金の支払を受けることができないから、大阪府の積算量に相当する五二五立方メートルの処理券を提出して係員を欺罔し、完成検査に合格し検査調書を作成させて、工事完成払金全額七二八八万円を騙取したなどと判示して一項詐欺を認定しながら、「事実認定の補足説明」の項では、被告人らが四五立方メートルの処理券を提出しただけでも所詮検査に合格し、代金全額が支払われるが、架空処理券の提出によって、代金支払の時期を早めたのが欺罔行為に当たるなどと判示し、「量刑の理由」の項でも、本件欺罔行為によらなくても最終的には本件工事完成払金は支払われたであろうことなどと判示しているのは、明らかに矛盾であるから、原判決には理由齟齬がある、<2>工事完成払金全額に対する一項詐欺が成立するためには、その本来の履行期における支払とは全く別個の支払と評価し得る程度にまで本来の履行期を早めたものと認められなければならないにもかかわらず、原判決は、工事完成払金の支払を早めた程度を具体的に示さず、かつ、その支払を早めたことが何故に工事完成払金に対する一項詐欺になるのかを示していないから、原判決には理由不備がある、<3>原判決の「罪となるべき事実」では、被告人らが実際処理量四五立方メートルの処理券を提出した場合に工事完成検査に合格し工事完成払金全額の支払を受けることができるかどうかが立証命題の一つであるにもかかわらず、原判決は、この点についての判断を何ら示さず、内容虚偽の処理券が提出され、その内容が虚偽であることに検査員が気づいた場合に完成検査に合格するかどうかということに立証命題をすり替えて、その判断をしているに過ぎないから、原判決には理由不備がある、というのである。
そこで、所論にかんがみ検討するに、原判決は、罪となるべき事実においては、「被告人両名は……右工事の下請け業者である泉州イワタニ株式会社代表取締役片岡健晤及び大阪環境事業協同組合代表理事共田光弘こと黄光宏らと共謀の上、あらかじめ、五二五立方メートルの汚泥が正規に処理された旨記載された内容虚偽の建設業汚泥排水処理券(以下「処理券」という。)を作成した上、平成四年四月三〇日ころ、本件工事現場所在の大阪府監理事務所内において、大阪府技術吏員で本件工事の完成検査の検査員であった田花嘉則に対し、右処理券を真正なもののように装って提出し、同人をして、五二五立方メートルの汚泥がすべて正規に処理された旨誤信させ、本件工事は適正に行われた旨の検査調書を作成させ、さらに、同年五月六日ころ、日特建設大阪支店長和田良興名義で、工事完成払金として七二八八万円の支払いを大阪府知事に対し請求し、同検査調書及び右工事完成払金請求書の送付を受けた大阪府建築部建築監理課課長代理高橋恒夫をして前同様に誤信させて工事完成払金の支払いを決裁させ、よって、同年六月五日ころ、大阪府出納室決算課支払係係員をして、大阪市北区角田町一番一号さくら銀行大阪北支店の日特建設株式会社大阪支店名義の当座預金口座に、工事完成払金として七二八八万円を振替入金させ、もって、これを騙取したものである。」と判示しているところ、「事実認定の補足説明」の項においては、汚泥を残土として処理することが不法投棄であるとするには合理的な疑いがあるとした上、「検察官は、本件において仮に架空の処理券を提出せず、そのまま四五立方メートル分の処理券を提出した場合、完成検査に合格を得られないのみならず、さらに工事代金中の汚泥処理代金部分については実際の処理分である四五立方メートル分に減額されかねない旨主張するが、……本件において仮に架空の処理券を提出せず、そのまま四五立方メートル分の処理券を提出した場合に、さらに代金額の減額がなされ得るものとまでは認められない。よって、この点に関する検察官の主張は採用することはできない。」としながら、「本件についてこれをみるに、<1>仮に被告人らの欺罔行為がなく、本件工事の過程で処理した汚泥が四五立方メートルである旨申告した場合、右数量と前述した大阪府の汚泥積算量(約五二二立方メートル)との間の著しい差異等に照らし、汚泥の不法投棄やいわゆる手抜き工事の有無に関する大阪府の検査員らの調査には、相当程度の期間を要するものと思われることからすると、被告人らの欺罔行為は工事完成払金を受け取れる時期を不当に早めたものといえる」との理由で詐欺罪の成立を肯定しているのである(原判決は、「量刑の理由」の項においても、「本件欺罔行為によらなくても最終的には本件工事完成払金は支払われたであろうこと、被告人らが本件に及んだのは、被告人らに落ち度があったというのではなく大阪府の見積もった汚泥の処理量がいささか過大であったことが主たる原因となっており、虚偽の処理券の作成提出という不正な方法をとったことについては非難を免れないとしても、その数量に合わせることによってすみやかに工事完成払金を受領しようとした動機経緯には酌むべき点もある……」と説示しているのである。)。
右の罪となるべき事実の判示は、その判文に照らし、右工事には汚泥処理に不完全履行の瑕疵があるので、判示工事完成払金には実体法上その全部あるいは一部が有効に成立していないものであるのに、判示欺罔行為によりこれを騙取したものとの趣旨に理解する他はないのであるが、後段の「事実認定の補足説明」の説示は、明らかにこれとは異なり、判示工事完成払金は実体法上完全に瑕疵のないものとして有効に成立しており、したがって、汚泥処理量については実際量を申告した場合においてもその全額の支払いを受け得るものであり、ただ判示工事完成払金の受領の時期がずれ込むに過ぎないとされているのである。これは、事件の最も核心の部分についての重大な理由齟齬といわざるを得ない。しかも、汚泥処理量について実際量を申告した場合と本件のような虚偽の申告をした場合とで支払時期に差異が生ずるのでその点で詐欺罪が成立するというのであれば、その差異がどの程度のものかは、弁護人らも指摘するように犯罪の成否にも関わるところであるし、犯情の面でも極めて重要な点であるから、少なくとも期間としておよそどの程度かは説示しなくてはならないところといわなければならないのに、原判決はこの点については何らの言及もしていないのであって、その意味では、理由不備の違法もあるといわなければならない。
以上の次第で、原判決には罪となるべき事実の認定そのものに看過することのできない理由の不備ないし齟齬があるから、弁護人らのその余の所論に対する判断を加えるまでもなく、原判決は破棄を免れない。
よって、刑訴法三九七条一項、三七八条四号により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条ただし書を適用して、次のとおり自判する。
(罪となるべき事実)
被告人山本信雄は、大阪市北区万歳町四番一二号浪速ビル所在の土木建築業日特建設株式会社(以下「日特建設」という。)大阪支店に勤務し、同支店が大阪府から請け負った大阪府東大阪市荒本北三〇番地所在の大阪府営住宅の建て替え工事である「大阪府営東大阪春宮第一期高層住宅(建て替え)新築くい工事(第四工区)」(以下「本件工事」という。)の現場所長として、被告人久保田好男は、東京都中央区銀座八丁目一四番一四号所在の日特建設東京本店に勤務し、本件工事の主任技術者として、被告人両名はともに、同府及び下請け業者との間で本件工事の進行状況の打合せ及び工事関係書類の整理など本件工事全般を掌理していたものであるが、本件工事に関し、大阪府から工事完成払金の支払いを受けるためには、その前提として大阪府の係員の完成検査を受けてこれに合格し、検査調書を作成させなければならないところ、真実は、本件工事現場で生じた汚泥を残土に混ぜて不法投棄したため、資格のある収集運搬業者及び中間処理・最終処分業者に正規に処理させた汚泥が大阪府の積算量(約五二二立方メートル)の一割にも満たない合計約四五立方メートルにとどまったことを秘匿し、右正規処理量を偽り、あたかも五二五立方メートルの汚泥すべてを契約どおり関係法令に基づき適正に場外搬出処分したかのように装い、大阪府の係員の完成検査に合格を得て検査調書を作成させた上、大阪府から工事完成払金を騙取しようと企て、右工事の下請け業者である泉州イワタニ株式会社代表取締役片岡健晤及び大阪環境事業協同組合代表理事共田光弘こと黄光宏らと共謀の上、あらかじめ、五二五立方メートルの汚泥が正規に処理された旨記載された内容虚偽の建設業汚泥排水処理券(以下「処理券」という。)を作成した上、平成四年四月三〇日ころ、本件工事現場所在の大阪府監理事務所内において、大阪府技術吏員で右工事の完成検査の検査員であった田花嘉則に対し、右処理券を真正なもののように装って提出し、同人をして五二五立方メートルの汚泥がすべて正規に処理された旨誤信させ、本件工事は適正に行われた旨の検査調書を作成させ、さらに、同年五月六日ころ、日特建設大阪支店長和田良興名義で、工事完成払金として七二八八万円の支払いを大阪府知事に対し請求し、同検査調書及び右工事完成払金請求書の送付を受けた大阪府建築部建築監理課課長代理高橋恒夫をして、前同様に誤信させて工事完成払金の支払いを決裁させ、よって、同年六月五日ころ、大阪府出納室決算課支払係係員をして、大阪市北区角田町一番一号さくら銀行大阪北支店の日特建設大阪支店名義の当座預金口座に工事完成払金として七二八八万円を振替入金させ、もって、これを騙取したものである。
(証拠の標目)省略
(事実認定の補足説明)
原審及び当審における争点にかんがみ、以下補足して説明する。
関係各証拠を総合すると、本件当時、大阪府は、産業廃棄物処理についての厳しい世論を背景に、その適法な処理について重大な関心をもって真剣に取り組んでいたこと、建設業汚泥排水処理券は産業廃棄物の適法な処理を証明する殆ど唯一の手段として高度の信憑性を認められており、大阪府としても産業廃棄物の処理状況の把握については専らこれに依存していたこと、大阪府は、本件杭打ち工事について、掘削した穴の側壁の崩壊を防ぐためのベントナイト安定液をタンクに貯留し、これを一旦穴に入れた後、タンクに戻して上水部分を再使用する手法を含むアースドリル拡底杭工法を予定し、これによって劣化した安定液やタンクの底に堆積する土砂、セメント等が混合したベントナイト汚泥を産業廃棄物としてバキュームカーで吸い上げて場外処理する必要があるとの考えから、その汚泥処理量を社団法人日本基礎建設協会関西支部の算定式に基づいて算出し、予想量である合計約五二二立方メートルの汚泥処理代金合計五六三万七六〇〇円(一立方メートル当たり一万〇八〇〇円)を工事代金に含めて見積もり、平成三年一二月ころ、日特建設との間で、本件杭打ち工事の定額・一括請負契約を諦結したこと、日特建設は、大阪府から交付された発注書等により、本件杭打ち工事によるベントナイト汚泥を産業廃棄物として処理する必要があることを知っていたが、その汚泥の排出量を一四〇立方メートルと見込み、一立方メートル当たり一万円の合計一四〇万円を処理費用として見積もっていたが、右工事を進めるにあたり、その大部分を残土に混ぜて不法投棄した結果、正規の方法で処理した汚泥の実際量は、大阪府の予想量の一割にも満たない合計四五立方メートルで、その処理費用も四八万六〇〇〇円にとどまったこと、被告人久保田は、本件工事の完成検査前の平成四年四月二二日ころ、同僚の被告人山本を介して、大阪府の委託監督員井上洋志から、大阪府の予想量を聞き出し(この点について、被告人久保田は、原審公判廷において、井上から、連続壁の分は一般残土として処理して差し支えないと聞かされていたが、その後、隣の工区で連続壁の書類に産業廃棄物の処理券が付いていたので、井上に確認すると、井上から、「連続壁の分も処理券がないと困る、四〇〇立米だな。」と言われ、全体の汚泥量が四〇〇立米であった旨の証明書類を用意するようにとの趣旨に理解した旨弁解するが、井上は、原審公判廷において、これを否定しており、右のような指示をしなければならない合理的な理由が井上にはないこと、同被告人は、捜査段階では、井上から「ヘドロの状態で出た分であれば産業廃棄物になる。」と言われたとしか供述していなかったことなどを併せ考えるとき、被告人久保田の弁解は信用できない。)、これと実際量との間に大きな食い違いがあることを知り、実際量を申告した場合には、工事が設計書類に従っておらず、あるいは、汚泥を不法投棄したなどと疑いを持たれ、完成検査の合格を留保された上、その状況について調査を受けるおそれがあり、その結果、工事代金の支払手続きに移行しないばかりか、予想量に満たない汚泥処理代金について減額されるおそれを感じたため(この点について、同被告人は、捜査段階では認め、原審公判廷では否定しているが、同被告人の原審公判廷における供述は、捜査段階の供述との食い違いについては何ら納得できる説明をなし得ていないものであって、信用できない。また、被告人両名の捜査段階における各自白の任意性に疑いを抱かせるような事情が認められないことは、原判決が正当に説示しているとおりである。)、被告人山本との間で、虚偽架空の処理券を提出して完成検査に合格を得て代金の支払いを受けることにしようと企て、下請等関連業者を介して黄光宏とその旨意思を通じた上、黄において、右予想量にほぼ符合する五二五立方メートルの汚泥が適法に処理されたとする虚偽架空の処理券を作成したこと、被告人久保田らは、完成検査において右処理券を提出し、これを確認した大阪府の検査員らは、予想量とほぼ同程度の量の汚泥が適法に処理されたものと誤信して検査を合格させ、その合格を確認した大阪府の職員らは、工事代金支払いを決裁して日特建設に七二八八万円を支払ったこと、これは当時少なからず横行していた虚偽の処理券のなかにあっても偽る処理量の大きさにおいて他に例を見ないものであり、長年産業廃棄物処理に携わり右慣行を熟知していた下請等関連業者や黄ですら本件処理券の作成に一旦は難色を示したほどのものであったことがそれぞれ認められる。
そして、本件工事から発生する汚泥の処理に関する事項が本件請負契約の内容に含まれるか否か、また、本件工事における安定液の繰り返し使用に際してタンク底に生じる残留物を一般残土として処分したことが産業廃棄物の不法投棄に該当するか否かについて考察すると、本件請負契約書の第一条一項には、「この契約書に定めるもののほか、別冊の図面及び仕様書(現場説明書及び現場説明に対する質問回頭書等を含む。以下これらの図面及び仕様書を「設計図書」という。)に従いこれを履行しなければならない。」と規定しており、これを受けた「現場説明事項」と題する書面には、「くい工事にて発生する汚泥は、すべて関係法令に基づき、場外搬出処分とする。」「本工事にて発生する残土はすべて場外搬出処分とする。」とあり、また、「特記仕様書」と題する書面には、「杭の施工法―アースドリル工法」「安定液は清水にベントナイト及び分散剤を混合し、必要に応じてCMC等を加えたものとする。」とそれぞれ規定されており、また、本件請負契約書第一八条一項には、「工事内容を変更し、……この場合において、必要があると認められるときは、……請負代金額を変更し……なければならない。」と、同二項には、「……請負代金額の変更は……協議して定める。」とそれぞれ規定されているところ、大阪府建築部営繕室住宅工事第二係長清王政志は、原審公判廷において、汚泥の違法投棄があった場合、請負契約書第一八条二項により、設計変更協議の対象となり得る旨供述していることなどに照らせば、本件請負契約の内容の重要な要素として、ベントナイト安定液による汚泥の処理が含まれており、定額・一括請負契約であったとはいえ、汚泥の不法投棄によりその汚泥処理費用の実際額が大阪府の予想額を大幅に下回った場合には、不完全履行としてそれ相応の請負代金の減額がなされるべきものであったことは、契約の解釈上、当然であったというべきである(これに反するかのような田花嘉則の原審証言は、その証言内容そのものが曖昧である上、完成検査のみに関与した者の立場からの単なる推測に過ぎず、同人が請負契約に関与していたわけではないから、信用できない。また、大阪府建築部建築監理課長大江禧昭の大阪府議会決算特別委員会会議録の証言や同課長代理高橋恒夫の原審公判廷証言の中には、定額・一括請負契約であることを強調し、積算額と実際額とに差があっただけでは、工事代金の支払いに影響しないとするかの如き供述部分があるが、そのまま採用できる契約解釈とはいえず、定額・一括請負契約であっても、前示のとおり、請負代金の増減が許される場合があることは当然の事理というべきである。)。
次に、本件工事におけるベントナイト安定液の繰り返し使用に際してタンク底に生じる残留物を一般残土として処分したことが産業廃棄物の不法投棄に該当するか否かについて考察すると、清王は、原審公判廷において、厚生省や大阪府環境整備課の見解では、排出時を基準として汚泥と土砂の区分をしており、タンク底に残留したベントナイト廃液混じりの土砂等が後に乾燥しても産業廃棄物である汚泥として処理すべきである旨明確に供述しており、本件工事関係者においても、ベントナイト汚泥の産業廃棄物性に疑問を抱いていなかったものであり、社団法人日本基礎建設協会関西支部技術委員長の経験がある柴田泰孝は、原審公判廷において、私見として、アースドリル工法による残土の処理方法を違法と断じがたいとしているものの、「(タンクの下の)部分に関しては……汚泥から、不要となったものから分離したものですからこれは産業廃棄物と言わざるを得ない……」、これが大阪府の見解であることは他の業者を含めて分かっていた旨供述していることなどを総合すると、本件請負契約の当事者間や工事関係者においては、アースドリル工法に使用するベントナイト安定液の廃液及びその貯留タンク底の残留物等が産業廃棄物である汚泥に当たること及び関係者の間においてその旨の認識があったことは明らかである。しかも、被告人久保田の検察官調書によれば、「泉州イワタニの工事分については、四五立方メートル……位の汚泥をアイワ技建がバキュームカーで吸い上げて収集し処理場へ運搬しております。……アイワ技建がタンクから収集した汚泥の残部は、五〇ないし六〇リューベ分位の汚泥が残っており、これについては、バキュームカーで吸い上げるには固形化していることから、セメント系のケミコという粉を混ぜてできるだけ水分を抜いた上、五〇ないし六〇リューベ分の汚泥を、掘削現場から出た土砂に混ぜてダンプカーに積載し、残土として搬出しております。……大洋基礎の工事分については、……バキュームカーによって処理場へ収集運搬した汚泥は全くないことも知っておりました。大洋基礎が場内搬送した汚泥の量は報告を受けておらず判りませんが、……杭の規模や本数を考えると、八〇リューベ位のベントナイト安定液は必要であり、その程度の量は搬送しているかもしれません。……大洋基礎の残部についても同様に残土として処理しているはずですが、……どこの業者のダンプカーに積載したものかについては思い出せません。」と供述し、株式会社泉州イワタニの片岡健晤が「タンクの底に溜った汚泥は、一〇〇リューベ位であり、したがって、今回の工事から排出されたベントナイト汚泥は、約一四五リューベということができます。……日付の記載のないメモに一〇〇リューベ残土と混ぜると書き留めておりますが、これは、タンク内に土砂とともに固まったベントナイト汚泥は、目測で一〇〇リューベ位あるものと判断し、……土砂と一緒に混ぜて田川建材のダンプに積み込み、一般残土として現場から搬出させたことを書き留めておいたものです。」と供述していることなどに照らせば、その正確な量目までは特定できないとはいえ、日特建設がタンク底に残留していたベントナイト廃液、汚泥の相当量を本件請負契約の趣旨に従った処理をせず、これを残土に混入するなどの方法で処理させたことは明らかである。
したがって、日特建設は、産業廃棄物であるベントナイト廃液の汚泥の一部を不法投棄したほか、その処理した汚泥の実際量と大阪府の予想量との間にも顕著な差があり、これらが判明した場合には、それ相応の工事代金の減額がされるべき筋合いであったにもかかわらず、実費を大幅に上回る汚泥処理費用を含めた工事代金を請求して、大阪府を欺罔したものである。
そして、本件請負契約に違反する産業廃棄物の不法投棄があったこと、被告人らが作成提出した虚偽の処理券の処理量と実際量との差が相対的にも絶対的にも極めて大きいこと、専ら処理券によって把握される汚泥処理状況は、単に契約当事者間の代金支払いにかかわるのみならず、産業廃棄物の適法な処理という公共の利害に深くかかわるものであること(もとより、被告人両名も本件欺罔行為が正当なものであると認識していたわけではなく、違法なものであることを十分に認識していたものである。)などを総合すると、本件における被告人両名らの行為は、社会通念に照らして権利実現の手段として許容される範囲を明らかに逸脱し、欺罔行為としての定型性を備えた違法なものであることは明らかであるといわなければならない。
したがって、被告人両名らは、社会的相当性を逸脱した前示欺罔行為により、少なくとも、不法投棄した汚泥処理との関係において、本来であれば、一部減額されるべきはずの本件工事代金を一体不可分のものとして騙取したものであり、その全額について詐欺罪が成立するというべきである。
さらに、被告人両名の詐欺の故意と共謀について付言すると、関係各証拠によれば、被告人久保田は、前示の企図から、順次、同僚の被告人山本、下請関連業者の関係者である株式会社泉州イワタニの社員清野清、同社長片岡、アイワ技建株式会社の営業部長山〓達之輔、同社長平野を介して、黄との間でその旨意思を通じた上、黄が内容虚偽の処理券を作成し、これを受け取った被告人久保田らが完成検査に際し提出したことが認められ、被告人両名らに詐欺の故意と共謀を優に認めることができることも明らかであるといわなければならない。
弁護人らのその余の主張につき按ずるまでもなく、被告人両名の罪責はいずれも明白というべきである。
(法令の適用)
原判決が「法令の適用」の項に摘示するとおりであるから(なお、「訴訟費用」とあるのは、「原審における訴訟費用」と改める。)、これを引用する。
(量刑の事情)
本件は、前示の地位にあった被告人両名が、他の関係者らと共謀の上、公共工事に伴って排出される産業廃棄物を不法投棄しながら、これをすべて正規の処理をしたかのように偽り、公金を詐取したという事案であるが、その罪質のほか、前示のような犯行の動機、態様、被害額、被告人両名の果たした役割や利得、社会的影響等に照らせば、被告人両名の犯情は芳しくなく、その刑事責任には重いものがある。
しかしながら、被告人両名には前科がなく、これまで事業に精励してその地位を築いたものであり、本件によりそれなりの社会的制裁を受けたと思料されること、その他被告人両名の年齢、家庭の事情等の被告人両名のために酌むべき諸事情も認められる。
よって、以上の諸事情を総合的に考慮し、主文のとおり量刑した次第である。